末永匡特別レッスン


本日はこちら♪

弾くこと、に意識が傾きがちだけれど、それ以前に「感じること」「聴くこと」。

それをなくして前に進むことはできません。

それらを、決して焦らず、丁寧に味わい、理解する時間にしたいです。
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ありがとう武蔵ホール


11/4に末永のミニコンサートが武蔵ホールであります🎶

ユーロピアノ(株)主催最後のコンサート。武蔵ホールは残るが運営が変わる。この意味はとても大きい。そもそも、コンサート等のイベントは出演者だけでその雰囲気やカラーが決まるのではなく、その大元なる運営や主催者などの意識や価値観も同じように影響を与える。

今後どのような武蔵ホールになるのか注目したいです。個人的には、武蔵ホールとベヒシュタインピアノの素晴らしい相性の良さ(ピアノはそのまま残ります)、その魅力がお客様に発信され続けて欲しいと願っています。ホールと楽器が合うところって意外と少ないんですよね。

この場所と楽器には多くの思い出があります。武蔵ホールとベヒシュタインピアノならではの織りなす響きに身を任せ、思いを馳せ、演奏させていただきます。皆さま11/4はぜひ武蔵ホールへお越しください!
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ピアノデュオ


昨夜は仕事を終えたあとピアノデュオ瀬尾久仁&加藤真一郎を聴きに東京文化会館へ。

彼らのコンサートには幾度と足を運んでいるが、(もちろん常に変化しているものだけれど)僕が彼らの音楽に対する素晴らしさ、もしくはある種の心地よさを感じるポイントは変わらない。そして、それが昨夜も変わらず存在し、すっと僕の心に届いていたことに嬉しさを覚えた。

「自然でいること」

全てが自然発生的に(音楽がそもそも作られているものであっても)、風が吹いては葉先が揺れ森がささやき、雲が集まっては雨が降って時には雷が、霧のごとく輪郭が曖昧で、暑くなり寒くなり…そう、どれ1つとして人工的な、無理矢理な誇張、不自然な主張は存在せず、自然の行い、自然の営みが彼らの音楽に感じる。僕は、ね。

だからこそ僕自身も自然体で彼らの音楽を受け入れられているのかもしれない。

「自然であること」

これは彼らの呼吸であり、声であること。一晩たった今でも、ピアノデュオ瀬尾久仁&加藤真一郎の繊細な「声」が聴こえる。

僕に、この世の中に、煌めく音楽の雫を与えてくれたことに心から感謝したい。


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要は気持ちの持ちよう


深まる秋。

レッスンの合間に少し外へ。
冷えてきた空気にほんの少しだけ残る金木犀の香り。

130円のコーヒーを片手にいつもの散歩道を逆に歩いてみると違った風景が。

束の間の時間だけど、何とも心が満たされる瞬間。

実は身近なところにある素敵な「何か」。

それを見つけたり感じたりする心…ですね。

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表現への道筋


昨日、工房レクチャーコンサートvol.11を終えました。雨の中、静まるピアノ工房で、満席のお客様と共に耳を澄ませる時間となりました。

オーケストラを知ることで、ピアノ譜が立体的に見えてくる。具体的な音のイメージを持つことが打鍵やテクニックに通ずる。

1925年のベヒシュタインE型は僕らに「弦楽器のような繊細さ」を、2017年のベヒシュタインD型は「管楽器のような音の集合体」を軸に様々なヒントを与えてくれました。さらに、工房コンサート恒例の不等分率での調律「Bach's Seal1.0」を使用し、調性の肉付きを豊かにしていただきました。

改めて学びの道がなんとも楽しく興味深く、時に未曾有の世界に不安を感じつつも、創られていく無限大の音楽世界に胸を躍らせています。

知れば知るほど己がいかに知らないかを思い知らされ、見れば見るほど己の今いる世界の小ささを見る。

次回の工房レクチャーコンサートは最終回。音楽学者の野本由紀夫先生にご登壇いただき、公開対談、そして第九全楽章を演奏いたします。すでに席は半分埋まっております。お早目のご予約をお勧めいたします。

全ての関係者に感謝を込めて

末永匡

追記:コンサート後、帰宅してからレッスン。ドビュッシー。生徒もレクチャーを聴いていたせいか、聴くアンテナが敏感になっていたのか、イメージしてから反映される音色の変化がすぐにありました。これだけ「聴く」と「弾く」が密接な関係にあるということですね。
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