室内楽試験

僕の室内楽講義を受講してくれている学生たちが素晴らしい室内楽を聴かせてくれた。ブラームス、ドビュッシー。共に耳を澄ませ楽譜を深く見るあの時間は、今思えば束の間だったけれどなんとも味わい深い時だったか。先生と生徒という関係はさほど重要な意味を成さず、偉大な作品を探求する1つのチームだったな、と。

構造、フレーズ、モティーフ、そして音色を、互いの対話や調和、呼吸、意識を。終わりのない探求だけど、学生たちは今持ちいる全てを音楽で表現し聴き手に届けてくれた。試験審査で目頭を熱くするとは…。特にクラリネットの学生に最大の感謝を。

先週は怒涛のコンサートスケジュールで最後は第九の二台ピアノで打ち上げ花火のごとく燃え尽きましたが、学生たちの音楽からパワーをもらいました!
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トロンボーン



南西ドイツ放送交響楽団首席トロンボーン奏者の清水真弓ちゃんとリハーサル。一年ぶりの共演。数々の名曲。来週三重と愛知でのコンサートが楽しみです♪
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親子で連弾すること

今、親子連弾という企画に参加してるんだけど、その予想以上の素晴らしさに言葉が見当たらないよ。

親子で連弾を楽しんでいる、というそもそもの大切な気持ちもそうだけど、それとはまた別のところで感じさせるものがあまりにも多くて、それにも感動しているわけです。

父(自分)と6歳の娘で参加してて、連弾という形で音楽を創って行く過程に含まれる全ての要素に子供とのコミュニケーションを「深く」感じる。普段子供は自分の気持ちを充分に言葉で伝えられないことも多いけど、「感じている」あらゆるエッセンスが「音楽を通して」表現されるんだね。日常のコミュニケーションでは多くの大切な何かをスルーしちゃってるのかもしれないなぁ。もちろん音楽だけではないけれど、一緒に何かを創作すること、これは「親子」という枠から飛び出ることでもあるんだね。

もう少し別の言い方をするなら「連弾を通して親はいかに親としての立場で接しようとしているのか、子供は実は何かを感じて表現しているのに、親という目線で見てしまい、それは結局連弾として噛み合っていない、それを痛感させられる。初めて親は日常の親子という関係とは違った関係、1つの作品を共に作り上げる同じ目線で子供を見なければならないことに気づく。日常の親子の関係において起こりうる、子供を守る気持ち、エスコートする気持ち、教える気持ち、そういうのとは違うんだね。自分がいかに子供の音を、気持ちを聞いていないかと気付かされ、それが連弾の音楽作品として成り立っていないと感じるから、子供が様々なことを"感じて""思って"いるという感情の存在を実感する」んだなぁ、と。

レッスンでは、先生に多くの貴重なアドヴァイスをいただきました。あまりにも自分が駄目で情けなく、同時に有意義で、感動的で温かく、レッスンの時間が素晴らしくて時間が止まってほしいとも思ったか。主催者と先生方に心から感謝申し上げます。

共に音楽をすること、それは結果として親子関係に多くをもたらしてくれる。だから大切なんだよ。子供と工作したり、キャッチボールしたり、料理したり…「一緒に何かをやること」。

子供たちに表現の場を。それを親と共有する場を。

親は知るわけです。子供たちが「どれだけ多くの言葉を持っているか」ということを。

さーて、今日は第九とメリーさんのひつじを練習しようっと。
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第九完売御礼!


【完売御礼】

お陰様をもちまして、全席完売となりました。現在2名キャンセル待ちです。前日まで変動の可能性があるので引き続きご注目ください。工房コンサートメンバー一同心から感謝申し上げます。
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大阪公演!



大阪公演終了!

哀愁の中に温もりを与えてくれた素晴らしい音色を持つヤマハピアノは、ブラームスの中間部に孤独を、シューベルトにはそっとヴェールをかけてくれる様…♪満席のお客様に囲まれたサロンはまるで素敵な洋間のような親密な雰囲気。終演後、お客様とのランチでは「心に染み入り、残り続ける感動」という大変嬉しいお言葉を頂戴し胸がいっぱいに。お客様始め全ての関係者に心から感謝申し上げます☺️

昨日は家族で大阪を満喫。食い倒れ。お腹いっぱいです。家族での旅行は大変なところもあるけど、乗り越えた感がすごいあるんだよなー、なんてホッコリ思う東京行きの新幹線な今。


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