感謝という手紙

2012年も残すところ後少し。今年も大変お世話になりました。

 多くの方々からご理解、ご支援いただき、それが大きな支えとなってたくさんの貴重な経験をさせていただきました。音楽の道というのは終わりがなく、先の見えない小道をただただ進んで行き、何故だかわからないけれどその先に本能的に確信を抱く「ある種の感動」の存在を強く飢え求め続ける、そんな感じがします。

 コンサートの話。2012年のコンサートはエジプトのカイロでの公演が印象的でした。エジプト民主化革命と東日本大震災のためのコンサートで、日本人とエジプト人の共演によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏しました。このコンサートは多くの方々のご協力により実現したコンサートで、その多くが音楽関係者ではありません。その関係性の「在り方」がとても素晴らしいと思います。1つのモデルケースとして日本でもこれが「スタンダード」になればいいなと思います。演奏者と言うのは1人で演奏会をしているものではありません。たくさんの方々の協力上がって初めて奏者は舞台に立たせてもらえるのです。

 教育の話。帰国後指導者と言う立場から多くの事を学びました。知れば知るほどその難しさを痛感するのですが、知るということは成長するスタートラインでもあります。僕の恩師であるDetlef Kraus(デトレフ・クラウス)先生はレッスンが終わる時いつも僕に「ありがとう」と感謝を述べられました。先生が生徒にありがとうと言う事が当時上手く理解できなかった僕は、先生に「なぜ?」と聴くと、先生は「必ず毎回君から学ぶ事があるからだよ」と答えました。先生も生徒から学んでいる、そんな姿勢にその時とても驚かされました。僕はそんな人で在りたいと強く思います。先生はドイツ語でzusammen arbeitenとよくおっしゃっていました。直訳では「一緒に働く」と言う意味ですが、この場合は「一緒に音楽を作りをしていこう」という"ニュアンス"です。レッスンでは同じ立場になってその音楽的課題に一緒に立ち向かうという事です。Detlef Kraus先生だけでなく、僕が師事した全ての先生が口にしていた言葉です。これはドイツ留学の中でもとても印象深い言葉の1つでした。

 家族の話。娘もあっという間に1歳8カ月です。速いですね時が経つのは。1月にはもう1人増えます。奥さんと娘2人の存在は大きな心の支えとなります。ほとんど子育ては奥さんがしてくれてるので僕なんかが言うのはどうかと思いますが、それでも感じるのは、子育ての大変さを周囲からよく言われるけれど、子供や家族はそれ以上の感動を毎日与えてくれるという事です。子を持ち始めて知るパートナーへの更なる愛情、そして親心。親心を持ち初めて知る両親への感謝と尊敬。

 心の話。僕が何故音楽をするのか、ピアノを弾くのか、とよく質問されます。その答えは・・・ここでは書きませんが、よく話題にちらりと出すのだけど笑われて終わってしまうことが多いです。ある時、とてもお世話になっている方々の食事会でその「一言」を言ったことがありました。誰も笑いませんでした。むしろ「当たり前の答え」のような雰囲気がありました。それがとても嬉しかったです。僕の音楽を支えているもの・・・その気持ちを持ち続ける限り僕はこれからも自信を持ってピアノを弾き続けることができるでしょう。それを持つことができない時は僕がピアノを、音楽をやめる時です。

 最後になりますが、これからも自分の言葉で音楽を語り続けたいと思います。作品と対話すること、ピアノに問いかけること、ピアノから聞こえてくるピアノの「声」に耳を傾けること、そうすると自分の声も聞こえ心情が見えてくる、作品は自ずとその姿を現し始める・・・そこで初めて自分の言葉に成っていくのかもしれません。その音楽的言葉は奏者の生き様を写しだし、作品を更に魅力的に、そして奥深い世界へと聴衆や奏者をいざなってくれる・・・。

 来る年も多くの出会いがありますよう、素晴らしい音楽と共に生けますよう、家族が愛に満ちますよう、心からの感謝の気持ちを持ってご挨拶させて頂きます。来年もどうぞよろしくお願い致します。

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