コラム

公認会計士、女優、そして僕(ピアニスト)の3人で「新芸術企画New Arts Management」というプロジェクトチームを組んでいる。普段の活動やコラム等のインフォメーションは基本的にfacebookで更新しているが、「facebookやってない人はその情報を見れない」というお言葉を頂いたので、更新する毎にこちらでもアップしようと思います。

今回は3人が1週間に3回順番(末永は基本的に水曜日更新)にコラムを書いているので、それをこちらでもアップします。

フランスアルザス地方にある村
ドイツ南西部は黒い森の中にある街、フライブルグに住んでいた時
とても気に入っていたジャムを買いに行ってました。

新芸術企画コラムVol.14 【エピソード】

日々の生活は色んなエピソードに溢れている。中には一生忘れる事の出来ないものも。今回はそんな中から一つ。僕はこのエピソードをとても大切にしている。これと言って何かドラマがあるわけではないが、多くを感じる。支えられている。

それは日本の大学を退学しドイツに移って間もない頃の話し。僕は...当時ベルリンで、ドイツ人老夫婦の住む家に間借りをしていた。子供もいなかったので息子のように大事にされ、心配され、厳しくもあった。彼らは車でいろいろなところへ連れて行ってくれた。歴史的価値のある大都市から人口数百人しか住んでない小さな村まで、観光客に溢れる名所から、誰もいなく静かで美しい木漏れ日に溢れた小川の畔まで・・・様々なところに連れて行ってくれた。

時は5月から6月にかけて。ドイツは天候に恵まれ青空の下、菜の花畑に覆われそれは黄色い絨毯を連想させた。はっきりとしたコントラストに目を奪われる。そしてシュパーゲル(白アスパラガス)が旬であちこちのレストランや家庭ではその料理の香りに満ちた。

彼らは僕を車に乗せ気が向くままに草原や森を走った。ラジオではバロック音楽が流れていた。車窓に流れ込む風や香りを今でもしっかりと思い出す事が出来る。そして車はとある丘の上に停まった。そこにはとても小さな村があった。歴史的に何か重要な建築物がある感じでもなく、ただただ何もない小さな寂しげな村だった。村の中心には白い教会があり、立て看板に「小さなコンサート」と書かれてあった。

中に入ると、一般的に想像するヨーロッパの荘厳な雰囲気とは真逆に、とてもシンプルで明るく優しさに満ちた、せいぜい20~30人ほどしか入れない教会だった。そこには小さなパイプオルガンもあった。全てが小さかった。

コンサートはドイツ人の女性が二人出てきて、一人はパイプオルガンを、一人は(曲によって)歌とリコーダーを演奏した。僕は聴きながらヨーロッパの地図を思った。ドイツの地図のどこかにある、何もないとある小さな村の小さな教会で小さなパイプオルガンを聴いている。ドイツに住み始めて間もなかった僕は、地に足が着かないような何となく不思議な気持ちになった。

けれど演奏自体のクォリティは低かった。一般的に残念と言われる小さなミスがたくさんあった。その小さな積り重ねが僕を不快にさせた。逆にお客さん達は(中は20人弱ぐらいだったと記憶している)大丈夫なのか?と心配しきょろきょろと周りを見渡したりもした。確かに作品自体はとても素敵だったし場所にも合った。そういう意味では素敵な午後を過ごせたのかもしれない。

短いコンサート終了後、僕は彼ら(その老夫婦)と共に外に出て車に向かった。途中つたないドイツ語で「・・・コンサートあまり良くなかったね」と言った。誰もが聴いてもそう感じるだろうと確信していた。しかし彼らはこう答えた。「私たちはそういうのを聴いているんじゃないのよ」と。

それから14年経った今もこのエピソードはずっと心に残り続けている。僕は当時正直にこう思った。「では何を聴いているのだろう?」と。音楽を聴くって何なのだろう?彼らにとって音楽って何なのだろう?だってあの演奏は・・・と、深い森の中に迷い込み、どこに向かうべきかさえも解らなくなってしまった、そんな感じだった。多くの疑問を投げつけられた。

しかし、結果、このエピソードは今日までに幾度となく僕に「大切な何か」をも投げかけ、その度に僕を助けてくれたのも事実だ。そしてそれは今もなお投げかけ続けてくれている。


P.S.写真はこの話に出てくる場所ではありませんが、個人的に気に入ってた小さな村です。

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