新芸術企画コラムvol.30【窮屈なんて嫌だ】

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コラムvol.30【窮屈なんて嫌だ】
 
このコラムもとうとうvol.30を迎えました。皆さまのお陰です、ありがとうございます。よくまぁネタが尽きないなと、久しぶり始めから読んでいてそう思いました。エッセイ集として本が出来そうですね。

前回の五十嵐さんのコラムに僕がちょこっと登場してましたが、それに補足です。僕の少年期の原体験で最も影響を与えたのは、その環境+ロビンソンクルーソーです。このコラムでは全く関係ないですが。

... さて、今僕は大声で叫びたい気分です。本気で大声を出したら地球の裏側まで届いてしまうかもしれません。

そう言えば、ピアノを練習している時、作品によっては自分が声を出してしまう事もしばしば。グレン・グールドというピアニストがいましたが、彼は非の打ちどころもない緊張感溢れる演奏は勿論の事、同時に声を出して歌いながら弾く事でも有名でした。youtubeでもCDでもそれを確認できますので、是非聴いてみて下さい。

僕が20歳の頃、ある夜、部屋で彼のバッハをCDで聴いていました。耳を澄ますと彼の歌声(鼻歌のようなもの)が聴こえてきたので、僕は楽譜に彼が歌っているメロディーを書き写しました。「へぇ~こんなメロディーを歌っているのか」と当時は驚いたものです。しかも彼は自分用のピアノ椅子を常に持ち合わせており、その椅子は足が短く切断されているものでした。演奏における椅子の高さと言うのは演奏者にとってある程度影響を与えます。中には、紙一枚分気になる人もいれば、勿論どんな高さでも良い、なんて人もいますが。

他にも、声を出すだけでなく、両手を上げてガッツポーズをしちゃったり、髪の毛を振り乱し、ライオンが牙を剥くかのように大きく口を開けたり、魂が抜けきってもぬけの殻の様な表情、今にも立ちそうになったり、と色んな演奏家がいます。

興奮です。音楽によって引き起こされるトランス。自分の心を開放し解き放つ究極の状態。

こういうのをライブで経験できるっていうのは本当に幸せですね。鳥肌が止まらないです。今日添付した画像は、1978年、ニューヨークにあるエイブリー・フィッシャー・ホール、オーケストラはニューヨークフィル、ピアニストはホロヴィッツ、指揮はメータでラフマニノフピアノ協奏曲第3番の2楽章を演奏しているところです。(難曲中の難曲で知られる名曲です。映画では「シャイン」で有名ですね)

指揮者と言うのは基本的にはオーケストラに向いています。しかし、これはもはやオーケストラに背を向け、ピアニストに襲いかからんとするほど手を振り上げて迫ってきてます。音楽的興奮が彼をピアニストに向けさせたのでしょう。ホロヴィッツはもちろん彼に答えます。強烈な興奮のるつぼの共感共有です。心の底に蠢く大河が爆発し龍のごとく高みに登り始める瞬間です。そしてこの時の演奏は、ホールにいる全てをのみ込みます。(と言っても僕はその場で聴いたわけではありませんが、映像からでもそのパフォーマンスは感じる事が出来ます。その場にいれば更にでしょう)歴史に残る名演と呼ばれるものです。

・・・そういうものに触れると僕は、よくわからないけど勇気とチカラが湧いてきて明日から頑張って生きようって気になるんです。

ピアニスト 末永匡

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