講義まみれな1月8日



erinnerung spricht...
この日は3つの大学で講義をした。ぞれぞれの学生の特色を感じる事ができこれまた興味深い。初めに母校である桐朋学園へ向かった。そこでは作曲家、2台ピアノで活躍されている(同級生)加藤真一郎先生、昨年の夏に現代音楽の演奏会で知り合った作曲家の森山智宏先生の両氏に招聘して頂いた。打ち合わせのため早めに大学に到着。校内に入ると当時と同じにおいを纏って昔を思い出す。朝ともあって、何とも言えないピリッとした緊張感が校内に漂っている。
 
Ⅰ限は加藤先生の室内楽講義。テーマは「シューベルト:Der Hirt auf dem Felsen(岩の上の羊飼い)」。到底一コマで収まらない壮大なテーマだが、大方の予想通り一コマで収まらず割愛しまくりで講義終了。しかしそれで終わっては講義の意味がないので、その中でも特に大切にしている事は伝えようと努めた。
 
①「音色」
②「ピアノの種類」
③「言葉を訳すという事」
④「問題提起」
⑤「仮説」
⑥「自身に問うべきいくつかの事項」
⑦「室内楽について」
⑧「作曲と写譜」
 
加藤先生の素晴らしい音楽理論からの解釈も加わり、それにより講義自体に豊かな肉付けをして頂いた。演奏してくれた学生達(歌、クラリネット、ピアノ)も素晴らしい音楽を聴かせてくれた。結局のところ上記のテーマは勿論シューベルトに限らず音楽全般に言えることであるが…。
 
音色の豊かさは無限にある事実、それらは個々の人生の経験から彩られ、だからこそそれに飢え、渇望すること、さらにはピアノの種類がどのように表現の可能性に影響しうるか考慮し、日々いろんな種類のピアノに興味を持ち積極的にそれらに触れ「体感」する機会を持とうとする事、これらは結果的に自身の音色のコントロールに繋がり表現に幅広さと奥行きを与える。
 
僕が実際に使っていた辞書を2つセレクトし持ってきた。1つは「ドイツ語→日本語」1つは「ドイツ語→ドイツ語」である。自宅には他に「イタリア語→日本語」「イタリア語→ドイツ語」の形でフランス語と英語を常備している。「訳」とは面白いもので、各辞書を渡るように調べていくと、最初に調べた言葉の意味が時に微妙に変化し、時に更なるニュアンスを含む事が多々ある。これはどういう事かと言うと、シューベルトの岩上のように歌曲として歌詞が書いてある場合、各奏者はその言葉の意味を勿論知っていなければならない。歌詞と記譜されたあらゆる要素の関係性(例えば調や、音形、音価等)を見ると表面的な意味だけでは器楽としての奏法にその繋がりを深く感じることは難しい。
 
我々は「なぜ?こう書かれているか」という事も考える必要がある。問題提起。なぜこの調なのか?なぜこの音形なのか?なぜ二分音符なのか?そして次に「もしかしたらこうだからかも知れない」という仮説を立てる。勿論推測の域を出ない場合が多いが、しかしこれらは作曲家の作曲心理を辿る事でもあり、それらのプロセスは確実に演奏者の心と密接に繋がりあう、もしくは寄り添い合う。互いに理解を深めたあとは、演奏者の「語法」となり、演奏における圧倒的な説得力となって表現される。言葉の意味を辿る事は楽譜の意味を辿る事と同じである。言葉とは一冊の辞書には収まる事の出来ない広い世界を有する。楽譜という一枚の紙からその音楽世界を探るように。
 
室内楽の授業でこのような話をしながら進めていったが、話しながらも学生達の演奏、そして加藤先生からのお話からも多くを学ぶ事が出来た。極めて豊かで貴重な時間だった事は特記したい。結局時間がなくなり、最終的にはあーあーうーうー唸って指揮しながら(指揮と言っても腕をバタバタ動かす程度で)「とにかく感じて下さい!」という感じでシューベルトの最後を演奏者と共に華やかに終えた。
 
Ⅱ限は森山先生の授業で、高校3年生を対象に公開対談。懐かしい地下の廊下を教室に向かって歩いている時「あれ?こんなに狭かったっけ?」と思ってしまった。そりゃそうだ、僕は高校時代とても小さかった。まるで舞台袖から出てくる時みたいに緊張感が高まりつつ地下教室に入るとその緊張感は吹っ飛んでしまった。みんなが拍手で出迎えてくれたからだ。加藤先生も、森山先生もこんな僕をリラックスさせてくれるために粋な話術や、計らいをして下さる。素直に嬉しい。感謝。
 
そこで何を話すかは知らされていなかったので(勿論打ち合わせもなし)、どうしたものかとギリギリまで思っていたが、森山先生が「さて…」と切り出したのが「末永さんのこれまでの人生を」という事だった。僕はこれと言って華やかな人生を送っているわけでもなく、華やかなキャリアがあるわけでもない。(ましてやコンクール歴なんてほとんど無い)
 
ピアノを始めたきっかけから、ピアノの道に進もうと決意した中学時代、桐朋での高校生活、大学に入学し留学までの道のり、ドイツ留学、レッスン、先生の言葉、考え続けてきた事、悩み続けてきた事、帰国後、生きる事、音楽とは、そんな話を対談形式で話させて頂いた。そして最後に…1/24のCDデビューリサイタルの告知も。意外なところで森山先生と多くの共通点があり対談中幾度も驚いた。この時間は僕が想像していた以上に盛り上がり、気がつけば残り1分。
 
懐かしい母校を後にし、次に昭和音大へ向かい個人レッスン。その後東工大(世界文明センター)に向かい、音の創造性(音が、音楽が我々に与える影響と可能性)についての講義と即興演奏。
 
人に何かを伝える事とは何だろうか?と漠然と考える。自分のレクチャーや講義、レッスンの「メソード」に毎回悔しさが残るが、それに勝るインプットがある事に心から感謝したい。新年早々とても濃い「講義の日」となった僕の201418日。
 
※写真は20歳の時のものです。場所はドイツのどこか。丘の上で夕暮れを感じていただけで、これと言って周りには何もなく、ただただ草原が広がっているだけ。けどこの時に五感を通して感じた全てが明確に残っている。何もないけど全てあった、こんなのも人生の経験を形作る消える事のない1ページなわけです。

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