審査中の4つの小さな覚書

所沢市民文化センターミューズ「アークホール」
先日、所沢ミューズでオーディションが行われた。合格者はアークホールで予定されているピアノリレーコンサートに出演できるというもの。愛好者から既に演奏活動をしている方、コンクールを受けるための本番慣れ、留学から帰国してきた方、これからプロを目指そうとしている子供たち、老若男女幅広い参加者に恵まれた。

躍動感があり、そして自身の言葉で演奏しているのはとても大きなポイントとなる。(勿論限度と言うものはあるけれど)例え技術的に足りないところがあっても。参加者のレベルには大きな差が生じているが、このポイントはどのような対象であっても揺るぐ事がない。

審査後、選考の時間が始まるが、当初想像していたよりも早く済んだ。確かに評価が割れた参加者は幾人もいたが、幾つかの言葉を交わすだけで僕を含め他の審査員も皆納得することが出来た。


「4つの小さな覚書」

審査中は気づいた事をメモすることにしている。他のコンクールなどでは参加者のためにコメントを記入する欄があるが今回はそうではない。内容的には参加者のためになる(かもしれない)けれど、基本的には自分のために書いている。手帳に書いたそのままをここに記載。下段は今加筆したもの。

①なぜ笑顔がないのだろう?

 舞台から出てきてピアノの前に立つ。お辞儀をする。無表情。むしろ怒っているように見える。不機嫌なのかもしれない。緊張するのはもちろんわかるが。ここには「笑顔」と書いてあるが、別にニコニコとする必要はない。普通に、普段通りの表情で、微笑ましくてもいいかも。曲によっては不機嫌なのもありかもしれない。けど、ブスっと出てきて、凄く可愛い曲を演奏されてもそのギャップにこちらが笑顔になっちゃいそうだけど。

②手首が固い。

 人にバイバイをする時、ドアノブに手をかけて回す時、普段生活しているありとあらゆる場面で手首は柔軟にその稼働幅を存分に活用されている。が、ピアノを弾く途端凍りついたかのように、一時停止したかのように動かなくなる。指だけで弾こうとする。ピアノは体全体を巧みに利用し弾くと言う事を最近のレッスンで何回も口にしている事を思い出した。

③揃って同じようなお辞儀

 両手をそろえておへそ付近で手を合わせ深々とお辞儀をする。「どっかで見たことあるなぁ」と思ってたら、そう、デパートとかスーパーのレジだ。勿論悪くはないが、5,6人連続で同じようなお辞儀をされるとこちらが緊張してしまう。流行りなのだろうか?個人的にはもっと自分のしたいようなお辞儀で良いかと思うけれど。気持ちを込めて。たかがお辞儀、されどお辞儀。人柄、気持ちもそれに表れる。大学の試験審査でも同様の感想を多々抱く。

④舞台の歩き方

 緊張するのはわかる。とてもわかる。むしろ共感しすぎてこちらも緊張してきてしまう。けれど、何かの試合に負けたような、寝起きのような、もしかしたらそのままピアノを通り過ぎて上手に抜けて行くかのような無気力でやる気のない感じはこちらにも伝わる。出来れば「生き生き」として欲しい。別にスキップして出てきてほしい訳じゃないけれど。ん?けど面白いかもしれないですね。こちらも楽しくなってきそうで。


以上。これらの項目を例え加筆したようにしたとしても、全く評価の対象にはならないです。けれどこの4つを、ほんの少しでも柔軟に取り入れる事によって身体及び精神的な硬さは和らぐでしょう。舞台におけるこの意味はとても大きい。そしてホールに放たれるその「雰囲気」は、一聴衆である僕を和やかな気分、救われた気分、寄り添う気持ちにさせます。

そして気づけば今回の記事、「ですます」調に変わっていました。おわり。

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