どんな苦悩も

与えられた試練だと思って頑張る。

乗り越えた先がどこに繋がっているかはわからないが、
どこかには繋がっているのだろう。

しかし、一生懸命に乗り越えようと努力しなければ、
その道はどこにも繋がらない。

なんてことを書きつつ「本当か?」なんて思ったり。

けれど、試練と言うのは与えられるべき状況に身を置くからこそ与えられるのであって、
その場所、その道に身を置かなければその試練は与えられない。当たり前のことだ。

今日はコンテンポラリーダンスの映像を見た。
胸が苦しくなり涙が出そうになった。

うまく言葉にできないが、そこには「人間の気高さと、心が折れてしまいそうな弱さが同居」していた、と感じた。そしてそれは誰もが持っているものなのだろうとも思った。そう、どんな偉大な人間でも服を脱いでしまえばか弱い人間。

その人間が集まり機能している「社会」という歯車。

目を閉じて感じること・・・

自分自身を見つめ、もっとクレイジーになること・・・

(思い通りの)文にならず、言葉にもならず、そんな感じになってしまった今回の記事。

明日は少しだけ首の角度を上げて街を歩いてみようか。
普段見えてるものと違う風景が目に映るかもしれない。

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