公開マスタークラスを受講して

受講後、小山実稚恵さんと

小山実稚恵さんのような偉大な音楽家にレッスンを受けるということはどういうことなのか?このイベントを知ったとき迷うことなく「受講したい」と思った。そこには年齢や立場などを気にすることは全くなく、純粋に「教えを請いたい」その一心だった。小山さんのような方が音楽に対しどのように考えや思いを巡らせているか、その一端でもレッスンという場で体感できることは大変貴重な機会。

受講曲目はベートーヴェンピアノ協奏曲第5番「皇帝」第一楽章、オーケストラピアノ伴奏は作曲家でもありピアニストでもある加藤真一郎氏に依頼した。「皇帝」はこれまで東京交響楽団をはじめとするいくつかのオーケストラと既に共演させて頂いた。個人的には「皇帝」に様々な経験と思いがある。この作品は僕にとって中心に位置する重要な作品であり、今もなお多くのことを僕自身に問いかけ続けている。だからこそ今一度偉大な音楽家にレッスンを受けることは大きな意味があった。

公開レッスンでは、小山さんがレッスンで発した幾つもの言葉の意味だけが大切なのではなく、声のトーン、振る舞い、間、など様々な要素が、伝わるべきものにさらなる多くの意味を含ませていた。それらを間近に感じ、音楽を通して共感共有できたあのひと時は何にも代え難い時間となった。その中でも最も印象に残った言葉が次の言葉だ。

「その音に命を吹き込んで…」

僕はあの時間「感動し続けて」いた。カラヤンがベルリンフィルとのリハーサルで「その4つの音に命を宿して」という言葉を残しているのを思い出した。音…命…漠然としつつも本質に触れるこの「イノチ」という言葉。全ての音に、全ての流れに、全ての和声や響き、そして沈黙に小山さんは命を吹き込んでいた。意識を隅々まで行き渡らせるその集中力、隙の無さ、あまりにもその瞬間にあらゆるものが含まれている所謂「生命力に溢れた」音楽は僕に言葉にならない衝撃を与えた。

目をつぶると今でもあの時の緊張感を思いだす。決してコンクールや試験のような緊張感ではなく、どんどん命が吹き込まれ満ち溢れていくあの心地よい緊張感。突き動かされるようにこの公開マスタークラスに参加したが(それでもかなりものを想像していたが)圧倒的に想像以上のものだった。小山さんの見つめる先に何があるのだろう…とふと思う。月並みな言い方だが、それでもやはり「音楽の素晴らしさ」そして「探求の素晴らしさ」を改めて強く体感した時間だった。この時間を決して忘れることはないだろう。

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