江古田音楽祭グランドフィナーレ


なんて素晴らしい時間だったのだろう。

室内楽で学べることの多さに毎回正直驚いてしまい、幾度と自分の未熟さを痛感し、悔しく、しかし同時に言葉にならないほどの喜びがそこに同居している。

今回の共演は僕にとってそんな時間だった。

感謝の気持ちが溢れると同時に、身の引き締まるような演奏への取り組みを強烈に感じる今後。

やっぱり僕はこういう環境が合っているんだと思う。常に崖っぷちな状態。これは決して苦しいことだけではない。恐怖と感動の紙一重な場所。

グロトリアンピアノはラヴェルとフランクにしっかりとその個性を歌いました。

約100年前のピアノ。会場に対して小さい、ピアノに対して大きすぎる会場、いろんな気持ちがありますが、それらを理解しつつもやはり僕個人としては常にどんな環境であれまずは「楽器があること、そこに音があり音楽が始まること」に温かな感謝があるわけです。

素晴らしいバイオリニストである西江君から多くを学ばせてもらいました。いや、本当に多くのことを…!

全ての関係者に心からの感謝申し上げます。
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江古田音楽祭のGrotrian-Steinweg



29日に出演させていただく江古田音楽祭2017グランドフィナーレ。今日はリハーサル。このコンサートで使用されるピアノに興奮を隠せません。

場所は武蔵大学大講堂。そこに常設されている1922年(大正11年)のGrotrian-Steinweg。小型で華やかさはないけれど深みと味わいを静かに残す楽器。この時代で個人的に思い出すのが、末永が数年間講師として関わらせていただいた東京工業大学。そこにはこのGrotrian-Steinwegとほぼ同年代1923年のベヒシュタインE型が。似たような境遇にあるピアノ。こんな関係になんとも温かい親近感と嬉しさを覚えます。

西江君とのフランクとラヴェルが心から楽しみでありながら、同時に95年の時を経た音色とどう溶け合うのか、その未知数にわくわくするわけです。ちなみに1922年はまだラヴェルは生きていますね。



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末永匡特別レッスン


本日はこちら♪

弾くこと、に意識が傾きがちだけれど、それ以前に「感じること」「聴くこと」。

それをなくして前に進むことはできません。

それらを、決して焦らず、丁寧に味わい、理解する時間にしたいです。
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ありがとう武蔵ホール


11/4に末永のミニコンサートが武蔵ホールであります🎶

ユーロピアノ(株)主催最後のコンサート。武蔵ホールは残るが運営が変わる。この意味はとても大きい。そもそも、コンサート等のイベントは出演者だけでその雰囲気やカラーが決まるのではなく、その大元なる運営や主催者などの意識や価値観も同じように影響を与える。

今後どのような武蔵ホールになるのか注目したいです。個人的には、武蔵ホールとベヒシュタインピアノの素晴らしい相性の良さ(ピアノはそのまま残ります)、その魅力がお客様に発信され続けて欲しいと願っています。ホールと楽器が合うところって意外と少ないんですよね。

この場所と楽器には多くの思い出があります。武蔵ホールとベヒシュタインピアノならではの織りなす響きに身を任せ、思いを馳せ、演奏させていただきます。皆さま11/4はぜひ武蔵ホールへお越しください!
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ピアノデュオ


昨夜は仕事を終えたあとピアノデュオ瀬尾久仁&加藤真一郎を聴きに東京文化会館へ。

彼らのコンサートには幾度と足を運んでいるが、(もちろん常に変化しているものだけれど)僕が彼らの音楽に対する素晴らしさ、もしくはある種の心地よさを感じるポイントは変わらない。そして、それが昨夜も変わらず存在し、すっと僕の心に届いていたことに嬉しさを覚えた。

「自然でいること」

全てが自然発生的に(音楽がそもそも作られているものであっても)、風が吹いては葉先が揺れ森がささやき、雲が集まっては雨が降って時には雷が、霧のごとく輪郭が曖昧で、暑くなり寒くなり…そう、どれ1つとして人工的な、無理矢理な誇張、不自然な主張は存在せず、自然の行い、自然の営みが彼らの音楽に感じる。僕は、ね。

だからこそ僕自身も自然体で彼らの音楽を受け入れられているのかもしれない。

「自然であること」

これは彼らの呼吸であり、声であること。一晩たった今でも、ピアノデュオ瀬尾久仁&加藤真一郎の繊細な「声」が聴こえる。

僕に、この世の中に、煌めく音楽の雫を与えてくれたことに心から感謝したい。


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要は気持ちの持ちよう


深まる秋。

レッスンの合間に少し外へ。
冷えてきた空気にほんの少しだけ残る金木犀の香り。

130円のコーヒーを片手にいつもの散歩道を逆に歩いてみると違った風景が。

束の間の時間だけど、何とも心が満たされる瞬間。

実は身近なところにある素敵な「何か」。

それを見つけたり感じたりする心…ですね。

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表現への道筋


昨日、工房レクチャーコンサートvol.11を終えました。雨の中、静まるピアノ工房で、満席のお客様と共に耳を澄ませる時間となりました。

オーケストラを知ることで、ピアノ譜が立体的に見えてくる。具体的な音のイメージを持つことが打鍵やテクニックに通ずる。

1925年のベヒシュタインE型は僕らに「弦楽器のような繊細さ」を、2017年のベヒシュタインD型は「管楽器のような音の集合体」を軸に様々なヒントを与えてくれました。さらに、工房コンサート恒例の不等分率での調律「Bach's Seal1.0」を使用し、調性の肉付きを豊かにしていただきました。

改めて学びの道がなんとも楽しく興味深く、時に未曾有の世界に不安を感じつつも、創られていく無限大の音楽世界に胸を躍らせています。

知れば知るほど己がいかに知らないかを思い知らされ、見れば見るほど己の今いる世界の小ささを見る。

次回の工房レクチャーコンサートは最終回。音楽学者の野本由紀夫先生にご登壇いただき、公開対談、そして第九全楽章を演奏いたします。すでに席は半分埋まっております。お早目のご予約をお勧めいたします。

全ての関係者に感謝を込めて

末永匡

追記:コンサート後、帰宅してからレッスン。ドビュッシー。生徒もレクチャーを聴いていたせいか、聴くアンテナが敏感になっていたのか、イメージしてから反映される音色の変化がすぐにありました。これだけ「聴く」と「弾く」が密接な関係にあるということですね。
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昭和音楽大学教員研究発表

昨夜のドビュッシーとラヴェルは時の流れを切り取った断面が見えた気がしました。沈黙と静けさを漂う奇跡的な瞬間。投げ込まれた一音で空間が温かく溶解していく。そこには境界線が存在せず、呼吸、指、鍵盤、打鍵、音色、和声力学などあらゆる要素が一体と化し浮遊する糸の様。

ピアニストの上野さん、サポートしてれた学生たち始め、全ての関係者に心から感謝申し上げます。
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10月21日末永匡特別レッスン


いつもありがとうございます♪

残り「16:00〜」と「17:10〜」の2枠とのことです。ぜひご興味ありましたらお問い合わせください。コンサート、発表会、コンクールなどを控えている方はぜひ!
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ユーロピアノ(株)社長就任パーティーへ

昨日は大学のレッスンを終えたあと、急いで汐留のベヒシュタインサロンへ。いつも大変お世話になっている加藤正人さんのユーロピアノ株式会社社長就任パーティーがありました。幾人かのピアニストが続けて演奏。末永は「ブラームスのop.118-2」。

溢れんばかりの人とは正にこのこと。サロンは大盛況。世の中には様々な役職があり、社会的立場があるけれど、やっぱり結局は「人」なのだなぁ、と。加藤さんの優しい笑顔と音楽に対する情熱に僕自身何度も支えられました。

こうやってピアニストで集まるって年に1度か2度あるかないか。これもまた楽しいひと時でした♪飯野さんも近藤さんも面白すぎるし。次はピアニストの上野さんと来週ドビュッシーとラヴェル弾きます。こちらもぜひ!


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第九


昨日のリハで使用した2台のベヒシュタインピアノ。1920年代と現在日本で2台目の最新フルコンD282。同じメーカーでもここまで性格が違うと生まれてくる響きも大変魅力的。お披露目は10/15(日)。

ということで、次回の工房レクチャーコンサートVol.11は10/15に予定されています。まだお席はあります。曲目はベートーヴェン=リストの交響曲第九番二台ピアノ版第2,3楽章とベートーヴェンピアノソナタ第1番全楽章。

第九はやはり1楽章から通して聞いて、知ることで初めて感じ得る最終楽章での魅力があるかと。前回は1楽章でオーケストラとピアノの表現を広く浅く追及しました。次回10/15は「ピアノソナタの森へ」と称し、3人のピアニストが交響曲とピアノソナタを行き来することで得た「それぞれの見解」〜表現の可能性、楽譜から見えるもの〜を実演を交えて皆様と共有したいと思います。

このレクチャーコンサートは「ピアノ演奏表現のヒントはピアノ以外のところで発見できる」をキッカケに企画されました。この時間で学び得たものを是非ご自身の様々なシーンでご活用いただけましたら幸いです。最も身近な交響曲の1つ「第九」そして「ピアノソナタ」、各作品の深み、関係性など有意義な時間になることを願ってやみません。是非、ご友人、先生や生徒さんなどお誘い合わせの上お問い合わせください!
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室内楽公開講座@東広島


先日東広島で行われた室内楽公開講座。
「学びへの情熱」この一言に尽きる。

続けていくとその時間があることが当たり前と思い、飢えを失う。受け身になり、教えてもらって当たり前と思い始める。慣れ、惰性。そういう人たちをたくさん見てきた。

そんな中、今回は奇跡とも言えるような素晴らしい瞬間だった。

何回も繰り返されるレッスンという時間。毎回が貴重な一雫であり、新たなスタート地点。学び取ろう、掴もう、盗もうと自発的に手を伸ばし、目を凝らし、耳を澄ます集中力。

皆さん素晴らしい音楽をありがとうございました!

この機会を与えてくれた先生に最大の感謝を込めて。
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